「私たち日本人自身が、日本人のさらなる可能性を信じる」
この言葉で、私に勇気を与えてくれたのは、日本から深センにあるHAXの本拠地へと飛び込んだMiki Watanabeさんだ。
日本人と中国人のハーフで日本国籍を持つ彼女は、日本と中国とアメリカで育ち、日中英の3カ国語に堪能、前職のマッキンゼーではアフリカでの新規事業にも挑戦してきた。
そんな彼女が、何故、HAXに参画したのか? 次のように力強く語る。
「日本から新たなグローバルリーダーが誕生すると信じている。日本には世界的メーカーを何社も誕生させた実績が既にある。だから新たな技術分野でも必ずそれはできる。HAXで自分の国際経験を活かして日中米を繋ぎ、そのサポートをしていきたい」
HAXは、ハードウエアに特化した世界最大のグローバル・アクセラレーターだ。いちばんの特徴は、深センで試作品開発や量産設計を行い、サンフランシスコで資金調達や市場開拓を行うという2ステージで構成されていることだ。以前、私が取材したボーングローバル企業「Makeblock」を始め、これまで約150社の企業を送り出してきた。
HAX深圳でのプレゼンテーション
過去4年間で支援してきたスタートアップの企業価値は100億ドル以上で、それらによる収益は年間10憶ドルを超えるという。HAXには世界中から「挑戦者」が応募するが、中国と米国を繋ぎながら世界へと導く、かなりユニークなアクセラレーターだ。
実は私も、深センに飛び込んだ当初からHAXには注目しており、是非とも取材したいと熱望していた。今回、東京拠点が設立されたタイミングでその念願が叶った。サンフランシスコ、深セン、そして東京と、HAXの3拠点を取材して実感したのは、彼らが「世界に導く最強のアクセラレーター」だということだった。以下は、そのレポートだ。
深センはロボテックスの発信拠点になる「シリコンバレーと深センのそれぞれのエコシステム、その両方を活用できることがHAXの最強の強み」
こう語るのは、HAXを深センで立ち上げ、現在はサンフランシスコ拠点のManaging DirectorであるCyril Ebersweilerさんだ。
HAXサンフランシスコでのシリル
フランス出身で、中国に14年、日本に2年、アメリカに4年という豊富な国際経験があり、HAXの創業メンバーであると同時に、複数社のメンターも兼任する。自ら起業家でありスーパーサポーターでもある。
何故、深センとサンフランシスコを繋ぐHAXを立ち上げたのか?
年間1000社以上の応募の中から毎回15社を選抜する狭き門だが、他国のライバルたちが一発勝負の中、事前に深センでの強化合宿なども主催してくれる手厚い特別なプログラムを持っている。
またHAXのプログラム期間中から大手企業とのタイアップのチャンスもある。その実績の一例を紹介しよう。
デリバリーロボットの開発を行うYouibot社は、2017年に設立すると同時にHAXに参加。プログラム期間中に世界的タイヤメーカーとのコラボレーションが叶い、通常では数年を要するとされる新規製品開発をわずか数カ月で実現し、事業拡大に成功。その結果、HAX卒業後にはシリーズAの調達にも成功した。
日本の企業は、このプログラムを活用しない手はない。世界は日本を、イノベーションに挑戦しない国だと眺めている。このままでいいはずはないだろう。HAX Tokyoのチームメンバーの想いは、次のように一致している。
「確かにIT分野で日本発のグローバルリーダーは少ない。ただしハードウエア分野では、今でも勝算がある。現にエントリー数は予想以上で、技術レベルは高く、新技術も多い。そこからリアルなプロトタイプへの落とし込み、そして世界で渡り合うための英語力、グローバルマインドセットがやはり重要だ。そのために僕らも彼らと一緒に挑戦していきたい」
HAX Tokyoから世界へ発信するロボテックスHAX Tokyoの、応募者がプレゼンテーションをおこなうイベントで、興味深い挑戦者に出会った。それがHaloworldのFounder & CEOである司馬天風さんだ。司馬さんは「社会に必要不可欠なインフラとなるロボットを提供したい」と語る。
深センでの強化合宿に参加したHaloWorldの豊田CTOと司馬CEO
司馬さんの起業歴は15年、まずは新潟の実家の一室から、父親とともに、原発関連の商社を立ち上げた。原子力発電所の現場に密着し、難燃シートや遮蔽ベストなど、求められるものは何でもつくり製品化し、常に現場のリアルなニーズに応えてきた。
事業は順調に伸び続け、福島にも新オフィスを構えた10日後に、東日本大震災の原発事故で、オフィスは立ち入り禁止になってしまった。そして、そこから原発現場の人たちを支えるさらなる挑戦が始まった。
原子力発電所の現場では危険を伴う場所も少なくない。そのため、人間の代わりに、リスクを回避して作業をしてくれるロボットの開発に踏み出した。その代表的な製品が、自律走行ロボット技術「ReFRO(リフロ)」と、空間3Dスキャナー「Be THERE(ビーゼア)」の2つだ。
リフロの上にビーゼアを乗せて自律走行させれば、無人で進みながら、周辺環境を瞬時に3Dスキャンによってデータ化してくれる。人間が足を踏み入れづらい場所でも、環境を立体的に測定することが可能になる。その画期的なロボット技術は、現在開発中で、建設現場や未開拓地域など今後の活用ニーズも幅広い。
長年、原発の現場のニーズを聞き、これまでに無いものをつくリ、提供してきた経験から生まれた、リアルなユースケースだ。
「起業当初から、仕事とは『維持可能な人助け』だという理念を持ってきました。そして、新しいインフラを創りたい。ないと困るモノ社会に必要不可欠なものがインフラ、人を助け共存共栄してくれるロボットを提供したいんです」
この3年間、災害ロボット開発のエキスパートである豊田CTOや内外の仲間たちとともに自費で開発を行ってきた。
そして、日本において、東日本大震災を起業のオリジンとし、差別化、社会に貢献できる形が実現した今、「世界へのアクセル」をかける為にHAXへの挑戦を決めたのだ。
司馬さんの真摯な言葉は心に刺さる。また、人として、ビジネス経験者として成熟しているからこその真剣さもひしひしと感じる。
ちなみに深センの平均年齢は32歳、この街で司馬さんたちの大人のチームが、彼らと肩を並べて切磋琢磨することになる。幾つになっても攻め進化し続けられること、それこそが最高に恰好良いのではないか。
逆転の発想で日本の独自性を活かす「日本市場って特殊だよね」これは海外で良く出てくる共通ワードだ。
私自身、欧州、米国、中国企業と仕事をしてきたが、確かに日本や日本企業は、世界から見れば特殊だと感じている。その特殊な市場を、スタンダードなものとして考えてしまうと、グローバルな展開が難しくなるのは当然だ。
そうではなく、世界で勝負するためには、グローバルスタンダードから、日本市場向けにカスタマイズする逆転の発想が必要となってくる。今回、HAX Tokyoの誕生で、深センとシリコンバレーと東京を結ぶ新たな動線を開拓したHAX。これに参加することで、必ずやそういった世界に伍していける力が得られると思っている。
日本の独自性を特殊で終わらせるのか、それとも強みとして活かしていけるのか。そのためには先ず世界に飛び出し、「世界共通のマインドと生き抜く技や術」を身に着けることから始まる。
そうすれば、冒頭で紹介したMikiさんが言うような、私たち日本人自身が、日本人のさらなる可能性を信じて、世界を舞台に挑戦していけるのではないだろうか。