「世界を知る、そして祖国を知る。深センをハイブリッドに進化させたい」そういつも私に、熱く眩しく語ってくれる素敵な女性と、「人才中心都市」深センで、また出会うことができた。
彼女の名前はGrace Zhang。シリコンバレーで発足し、現在約125カ国・500都市でスタートアップの起業家やイノベーターをサポートするコミュニティーを展開する「Startup Grind」の深センでの運営責任者だ。
「Google for Entrepreneurs」などのグローバルパートナーや、「Tech Temple」ほかの現地スタートアップハブとのパートナーシップも多数結び、現在、深センで最も支持されているといっても過言ではないコミュニティーハブを、彼女は取り仕切っている。
Startup Grindの現地のコミュニティーメンバーは、優に6000人を超えている。海外出身の参加者も多く、国際色も豊かだ。私も参加したイベントには、ベルリン中国の代表もゲストとして北京から参加していた。
深センには公平性がある
そんな仲間たちが集うイベントは常に盛況で、ほぼ月に1度のペースで精力的に開催されている。そして、特筆すべきことは、この活動において、彼女が「無給」だということだ。
近年、深センは「アジアのシリコンバレー」と呼ばれているが、「果たしてその表現は正しいのか?」と違和感を持つほど、Startup Grindのイベントに集う人たちのハイブリッドな進化は凄まじい。
例えば、Graceは世界の最先端を自らが体感し、祖国を俯瞰的に見ることができる。彼女は中国出身でアメリカの大学に留学、フィラデルフィア、インディアナ、シカゴへと移り住み、IT業界のレポーター職に就く。アメリカのIT成功者やスタートアップの起業家たちを自ら取材してきたのだ。
2014年に帰国、深センでの新生活を選んだ。同年に、Startup Grindの活動も開始。普段はブランドマーケッターとして企業でフルタイムの勤務をしながら、同時にこの支援活動も行っている。
「なぜ深センだったのか? なぜ、無給でも頑張れるのか?」という私の問いに、彼女は以下のように笑顔で答えてくれた。
「まず、深センには公平性がある、そしてスタートアップを育てる風土が都市全体にある。テクノロジーは良くも悪くも私たちの生活を変え、社会を変えると思っている。だからこそ、深センという街が持つDNAを活かして、良い変化を起こし、より良い社会を実現させてくれる仲間が増えることを願っている。それが私の原動力なの」 世界のトップリーダーに接してきた彼女だからこそ、今後、深センがどう進化していくべきか、そのための課題などが、俯瞰的に見渡すことができるのでなないだろうか。
「深センのスタートアップは、『ソフト面の強化』をすべきときが来ていると思う。猛スピードで急成長している彼らの大半が創業から3年から5年ほど。これらかは強固なチームづくりのためのマネジメント能力も必要だし、世界への展開を成功させるためには海外メンバーとも共感できるブレない経営理念も必要」とGraceは言う。
しかし、経営者同士がそういった相談をできる機会はまだ少ない。アメリカでは新たな挑戦者が、成功者にアドバイスを求めることができるカルチャーがあり、その機会も充実している。
「世界的成功者であるスティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグでさえも、好意的に後輩へアドバイスを提供してきた。そんなふうに成功者が新たな挑戦者を支援する、成功のバトンを繋ぐようなエコシステムを、ここ深センに創り上げたい」。そう迷いなく言い切る彼女を目の前にして、思わず私も目頭が熱くなった。
いまでこそ、良質な人気コミュニティーに成長したStartup Grindだが、立上げ当初の5年前は、イベントへの参加者はほぼゼロだった。深セン来たばかりのGraceに知り合いがいなかったからだ。そこで彼女は新たなアイデアを生みだした。ネイティブ並みの英語力を活かし、本場シリコンバレーの内容をこちらの提携先に提案し、資料翻訳からイベントの企画運営まで彼女が全て請け負った。
これが大好評でファンが増え、アップデートを繰り返し、Startup Grindでも着実なコミュニティーの拡大に繋がってきた。コアバリュー、情熱、そして何があっても継続するという覚悟を持っている彼女だからこそ、成し得ていることではないだろう。
彼女のコミュニティーには、前述のようにヨーロッパ、アメリカ、中東、最近ではインドネシアなどアジア圏の出身者も増えている。ただ、日本から参加者は、残念ながらほぼ見当たらない。だからといって、日本からの参加者も増えてほしいなどと、軽々しく私は言えない。
確かに深センにはスタートアップを育てる風土がある。私自身がその1人だからこそ実感していることだ。ここに飛び込んだときには人脈も何もなかった。そんな私でさえビジネスを進めることができている。
とはいえ、そんな私でも、3つだけ持っていたものがあった。それはGraceたちと同じく、コア、情熱、覚悟だ。彼女や多くの先輩たち、そしてこの環境を支えてくれている全ての人たちに敬意を持つ、本気の仲間が増えてくれれば嬉しいと個人的に思う。